【食べ物の雑学】イタリアではトマトは食べ物ではなかった!?




ピザをつくろうと思ったら、ピザの生地にトマトソースは欠かせませんよね。

じっくり玉ねぎを煮詰めるとコクのある美味しいソースになるのです。

ピザはイタリア半島の伝統的料理だと思っていましたが、トマトを食材にする習慣はなかったようです。

今回はそんなトマトに関する雑学を書きたいと思います。

100年以上も食べず嫌いだった?!

イタリアで初めてトマトが栽培されたのは、16世紀(1519年)のナポリとのことです。

スペイン人がメキシコから持ち帰った種を育ててみたものの、いまいちの反応だったのです。

食用だと思っていたその実は、紅色の小さい粒が不気味だと敬遠しされ、食料にするのは不可能だと思われていたのです。

実際に、博物学者はナス科のマンドラゴラの一種で強い毒性の植物であると疑っていたのです。

この幻覚作用や麻痺を起こすナス科の植物が、トマトに近い種でよく似ているために、見分けが難しかったのだろうと思います。

さらに、この頃ヨーロッパでは、あちらこちらで魔女狩りが行われていたのです。

その為、悪魔の使者は毒草薬で魔術・呪術を使うと信じられていた時代なのです。

俗説で広まった「トマトは魔物が使う物」と思う人もいたようです。

こんな背景もあり、使い道のない植物は貴族の観賞物となり、100年以上もほったらかしだったようです。

最初にできた料理

トマトを最初に食べたのは、貧困な民衆の食料危機からです。

生き延びるために覚悟を決めて食べた赤い実は、毒どころか食べれる事に気づくと、美味しい食べ方の研究を始めたのです。

最初のレシピは揚げ物とのことです。

パスタを揚げたり焼いたりした調理法も主流だったので試したのかもしれませんし、当時の品種は皮が固くて酸っぱいものだったので生では食べれなかったのかもしれません。

あれこれ試行錯誤の末に誕生したのが潰してソースにすることだったのです。

医師のピエトロ・ アンドレア・マッティオーリさんが患者に使うソースを考案したことで、評判が広がり鶏や牛肉の煮込み、スープにアレンジレシピが次々と生まれたようです。

飢えをしのぐ為のただの植物が、今では世界中で食べられていると、この時代の人たちに教えたいぐらいです。

パスタと食べる習慣が広く伝わったのは、17世紀末だというので伝統的には意外と浅いものだったのです。

日本には江戸時代の長崎に種が伝わったようですが、日本人も深紅色のそれは、「唐柿」と呼び食材だとは知らなかったようです。

調べてみると不思議なことが多く出てきますね。

他にも何か面白い雑学を発見したら記事にしたいと思います。