【メンタルが試される!】おひとりさまの気持ち雑学!




みなさんは「おひとりさま」って体験したことありますか?

今では当たり前のひとりカラオケ、ひとり焼肉、ひとりファミレスなどなど、

主に飲食店に一人で入れるか、ということが発端になって広まった言葉ですよね。

当初は全然平気ですという人とそんなの無理!という人とわかれていましたよね。

私の印象としては、できない人は女性に多かったかなと感じていました。

今回は「おひとりさま」に関する、心理状態を見ていきましょう。

 

「ぼっち」と思われたくない人=見た目問題?

「おひとりさま」が世間に広まり同時期に、

「ぼっち飯」や「便所飯」といった言葉が生まれました。

意味は大学などの食堂で一人ごはんを食べていると、

周りに「友達いないヤツ」と笑われるのが嫌で、

誰にも見られないトイレなどで食べる人のことです。

私としては同じ大学内に友達がいないのを、

ごはんを一緒にすることだけに限定するのはおかしくないかという疑問を持ちます。

一人でごはん食べたい時もありますし。

というか、「誰が見てるんだ私なんか」って我に返っちゃいます。

ですが、当の本人は周りからどう見られているかが気になることなのでしょう。

本当のところは知る由もないんですけど、

目で見て「友達がいる・いない」というステータスなんだと思います。

ちょっぴし心理学を齧った私にすれば、

これもある意味見た目問題なのかもしれないなあなんて思います。

 

“常識”なんて変わるもの

実際に「アイツ、友達いないんだ。寂しいヤツだなw」

なんて話している人を私はみたことないですよ。

でも就職した会社では「一人だとアレだから時間ずらして食べて」とかありましたね。

仕事の内容ならまだしも、ごはんですよ?とは思いましたが口には出しませんでした。

新人だったので、その場の空気を読みまくってました。

その後、時が経つにつれて一人でごはん食べるようになったんですけどね。

このように一人=かわいそうと思われるのは、

私たちが経験してきた学校という環境が一つの要因かなと思います。

「勉強は家でもできます。ならばなぜ学校に行かなくてはいけないのか、それは友達を作るためです」

なんて昔から言われてきたように思います。

今はどうなんでしょうね?アジアでは学校というところで勉学の他に、

協調性を育む場所と考えられています。

日本はこの協調性を、重く受け止めすぎなのではないかと考えます。

就職活動でもそうですよね。

「協調できないヤツはダメなヤツ」という、

“常識”を知らないうちに刷り込まれているのかもしれないです。

けど強調しすぎてもダメだったりするんですよ。うーん、ムズカシイ……。

 

協調・共感とボーダーライン

以前、どこかの掲示板かに「一人でラーメン屋さん行ったら、

女子大生たちにチラ見されて『一人でごはんとか、知り合いに見つかったら速攻学校やめるし。

彼氏もできないんじゃない?』とひそひそ。実はそのラーメン屋さんに彼氏が働いていたのでした」

といった書き込みを見ました。

この前に“常識”のことを書きましたが、

そのボーダーラインをいかに共感・理解できるかどうかだと思うんです。

「一人カラオケはできるけど、一人焼肉はまだ」という私。

まあ、焼肉を食べること自体少ないので、趣味嗜好によるところも大きいんですけどね。

ライブとか普通におひとりさまです。

「おひとりさま」という言葉によって自分のボーダーラインが変わった人もいますよね。

それも変化しつつある環境や、世間に左右されているという見方もあるのですが、

自分のボーダーラインをしっかり持つと、一貫性のあるオトナな感じがしますね。

願わくばそれを臆することなく周りに発信できる、認められる世界になるといいなあと思います。