【情熱の雑学】想い人に会うため燃える情熱を体現した画家ゴッホの雑学!




心を震わせる絵を描く画家たち。

しかし、「芸術家には変人が多い」との言葉がある通り、

中には「それはちょっとやりすぎではないのか」と思われる行動をとった画家もいます。

絵の見方も変わってくる、かもしれないトンデモエピソードを持っているのです。

今回ご紹介するのは、『ひまわり』や『糸杉』の絵などで知られる、

オランダの画家ヴィンセント・ファン・ゴッホ。

情熱の画家と呼ばれる程に情熱に満ち満ちた作品が、彼のスタンダードです。

そんなゴッホは若き日に、情熱の二文字を体現した行動をご紹介します。

 

出会いは作風が形になりかけた頃

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http://renote.jp/articles/3925(画像元URL)

それは1881年のこと。

当時28歳だったゴッホ青年は、経済上の理由で当時住んでいたブリュッセルから

実家のあるエッテンという村に戻ってきました。

農夫、そして田園風景などをデッサンし、日を送っていたのです。

一見するとのどかな光景ですが、既にその絵面には、後々の作風の片鱗が見えていたとされます。

しかし、絵は兎も角何だか寂しいのも事実でした。

 

そんな時に出会ったのが、いとこにあたるケー・フォス。ストリッケル。

未亡人で、子供もいます。

夫を亡くしたばかりの彼女と一緒に話をしたりして一緒に過ごすうち、

ゴッホの胸に情熱がともりました。「この人と夫婦になりたいな」と。

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http://www.art-library.com/gogh/index.html(画像元URL)

 

「会いたいんです!」ととった奇行とは?

しかし、年齢で言えば彼女の方がずっと上です。

しかも夫と死別したばかりで、子持ち。

いとこのゴッホと夫婦になるなど考えもしなかったのでしょう、お断りをしました。

いや、無理だから」と。

そのまま逃げるようにアムステルダムの実家に帰ったケーですが、

ゴッホは諦められず、彼女の家まで行きました。すごい執念です。

応対をしたのは両親。

「娘は会いたくないと言っている」と追い返そうとしますが、

後に情熱の画家と呼ばれるゴッホは驚愕の行動に出ました。

玄関先のランプの火に手を入れたのです。まさに燃える情熱!

「こうしている間だけでも、会って話をさせて下さい!」

しかしそんな熱意は逆効果となり、完全にフラれてしまいました。

 

まとめ

天才はタガが外れていると言いますが、

何でもやりすぎは禁物、情熱と言えば許されるわけではないとの教訓ですね。

皆さんも気を付けましょう。