将棋の「と」は、何て読む?将棋がもっと好きになる雑学を2つご紹介!




若き天才棋士の活躍もあり、興味の有無に関わらず「将棋」という文字を目にする機会が増えたのではないでしょうか。

そんな大注目である将棋の、「知っていればちょっとハナタカ」な雑学をご紹介します!

将棋に夢中だった将軍たちが残していったもの

将棋の歴史はとても長く、江戸時代は時の将軍たちも将棋に夢中だったようですね。

それでは、名君たちの将棋好きのエピソードを順番に見ていきましょう!

 

①王将を作った「豊臣秀吉」

将棋には王将と玉将と2つありますよね。しかし、将棋にはもともと玉将しかなかったと言われているのをご存じでしょうか。一説によると、豊臣秀吉が「王は自分だけで良い」と言って「玉」から点を取り、「王将」にしたのが始まりと言われています。

 

②将棋の日を作った「徳川吉宗」

11月17日は将棋の日ってご存じでしたか?

将棋の日は、将棋大好き将軍、徳川吉宗が11月17日を「御城将棋」の日とし、御前対局(将軍の前で将棋をすること)を毎年行っていたのがきっかけと言われています。

 

③詰将棋の本を作った徳川家治

将棋の腕前がプロ級(7段程度)と言われた将軍、徳川家治は、単に強いだけではなく「将棋攻格」という詰将棋の本も書いているんです。

ちなみにこの将軍、もちろん頭は良かったようですが、将棋に没頭し過ぎて政にはほぼ無関心だったとか。そのため、徳川家治は将軍としての認知度も低く、教科書にもほぼ登場しないようですね。

 

歩の裏の「と」は、ひらがなじゃないの?

将棋の駒の読み方は少々特殊で、間違って覚えている人も多いのではないでしょうか。(例えば歩兵、香車など)

そんな難しい読み方がたくさんある中で、歩の裏の「と」というひらがなを見ると何となく安心してしまいませんか?(笑)

でも、実は「と」はひらがなではなく、金という漢字の崩し字なんです。

「歩」だけでなく、他の駒の裏にも「金」が崩して書かれていますが、歩の裏の「金」の崩し方が、ひらがなの「と」に見えてしまうということですね。

将棋ってとても難しそうなイメージがありますが、歴史や成り立ちに触れると興味がわいてきますよね。この機会にぜひ将棋デビューをしてみてはいかがでしょうか。