【その他の雑学】床屋さんの看板の謎について!?




歴史ある商店街、昔ながらの住宅街などで見かけることが多い看板。

赤と青の線が縦長にクルクル回っている看板を見れば、その店は「床屋さん」と一目でわかりますよね。

でもその意味や由来については知らない人が多いと思います。

私もその一人ですが・・・(笑)

今回はそんな床屋さんの看板の謎について記事にしたいと思います。

床屋さんの看板の謎とは!?

床屋さんの看板については色々と謎が多いと言われております。

以前、私が聞いた話では、江戸時代のお医者さんは副業として人の髪を切っており、その為あの赤の線を動脈と表し、青の線を静脈をあらわしていたとの事です。

お医者さんが床屋さんをしていたなら、あの看板の意味や由来について納得しちゃいますよね。

他の理由も気になりますよね。

そこであのクルクルの看板について調べてみた結果、世界共通で使用されている事がわかりました。

また、面白い諸説を目にすることができたんでご紹介します。

まず、あのクルクルの看板の名前は日本では「サインポール」と呼ぶそうです。

ずいぶんハイカラな名前ですよね。

他の呼び方として、「三色ねじりぼう」という名称もあるそうです。

世界で一番初めてサインポールを出したのは、1540年頃にパリの外科医メヤーナキールが創案し、彼の医院の看板に用いたのが始まりと言われております。

ちなみに、日本で初めてサインポールを店の前において、理髪店であることを世の中の人に知らせたのは、明治4年(1871年)に東京の常盤橋にあった「西洋風髪剪所(かみはさみしょ)」です。

海外でも色々と諸説が存在しており、どれが本当の意味、由来なのかはわかりません。

①瀉血説(しゃけつせつ)

※瀉血とは、病気の患者さんの治療に悪い血を抜き病気を治す方法のこと

患部を切開してそこから血を抜くというものです。患者には棒を握らせ、その棒を伝って血が受け皿に落ちていくように固定し、血を抜いていたそうです。治療後、洗った棒は、消毒のため赤く塗られおり、その赤い棒と患部に使った包帯を軒先に一緒に干し、風に吹かれるうちに白い包帯が赤い棒に巻きついてらせん状になった様子が現代のサインポールの原型と言われています。

②職業を区別する為の色分けの説

1700年代に入って、イギリス・フランスでは髪を切る専門業と、医療を施す医者に区別されることになり、理容師は看板に「青」を、医者、外科医に対しては「赤と白」を用いるようにと御達しあった。それが今日では、理容師の店の前には「赤・白・青」へと変化していったという説です。そういえば、病院のマークで、白に赤の十字というのも見かけることがありますよね。

③野戦病院説

1815年「ワーテルローの戦い」でナポレオンが敗北を喫しました。その時に、野戦病院の入り口にフランスの国旗がその棒に巻きついているのが見られ、それがサインポールの始まりであるという説です。

ちなみにこのクルクルの看板は、海外では「バーバーポール」と呼ばれています。

世界共通で使用されているのに呼び名が違うのも不思議な話ですよね。

世界で色々な諸説があるのですが、いずれも明確な証拠もなく、真実性を持った記述も残されていないため、はっきりとした起源はわからないそうです。

しかし、世界中でいろんな言語や文化がある中で、床屋さんの看板が世界共通で使用されていることは、面白いことですね。

他にも何か情報を入手したら記事にしたいと思います。