【乗り物の雑学】戦艦大和が「大和ホテル」と呼ばれたワケ!?




昭和の戦火を潜り抜けてきた、戦艦「大和」ですが、当時は世界最強ともいわれていました。

そんな戦艦「大和」にロマンを感じ、指示するファンが現在も多く存在します。

しかし、そんな戦艦「大和」にはある秘密があったのです。

ここでは「大和」の秘密に迫り、当時「大和ホテル」と呼ばれたワケを徹底解説していきたいと思います。

戦艦大和の艦内でラムネ!?アイスクリーム!?

戦艦「大和」は日本の旧国号にも使用されたことがあることから、その存在感は圧倒的です。

主砲の大きさは当時世界最大の46センチで、最大船速は、当時この規模の戦艦では驚異といえる27ノットです。当時の日本が持っていた化学力や技術力は世界的に見てもトップクラスだったようです。

戦艦「大和」は第二次世界大戦時に、日本の最終兵器として造船され、戦場で活躍したという話はあまり無く、その評価は低くみられていますが、実は当時の海軍が思考を重ねた結果、世紀の大逆転を目指すきっかけとなったのが戦艦「大和」だったのです。

第二次世界大戦の最終決戦に登場し、その広大な射程圏内をおさめた主砲で疲弊したアメリカ軍を一掃する作戦だったのです。

戦艦「大和」は船体が他に類を見ない大きさにもかかわらず小回りが利き、最大船速の27ノットで航行中に方向転換するときも、必要な移動距離は640メートルであったといわれています。

さらに、航行中の波揺れに対応するための装置が備え付けられていたり、波による揺れを軽減するための構造であったりしたことから、船体が傾く角度が約9°と非常に安定していたのです。

これだけでも、当時の日本がどれだけ高い技術を持っていたのかが伺えます。

そんな戦艦「大和」の艦内で「ラムネ」が飲めたといわれています。当時の戦艦には船火事に対応できるよう炭酸ガス発生装置が備え付けられており、それにシロップ、水を混ぜればラムネができたのです。

さらに、アイスクリーム製造機まで備え付けられていました。また、居住区が他戦艦と比べて広いことから、当時は「大和ホテル」と呼ばれていたそうです。

有名な戦艦大和でアイスクリームにラムネを食べることができるなんて驚きでしたね。

他の戦艦では無理だったのでしょうか。

まだまだ知らないことが多そうですね。

また何か新たな発見があれば記事にしたい思います。